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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)646号 判決 1982年10月27日

控訴人 株式会社 アイチ

右代表者代表取締役 森下安道

右訴訟代理人弁護士 松本義信

被控訴人 丹伊田哲夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一三六万一二六二円及びこれに対する昭和五五年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、請求原因として

「1(一) 有限会社正木商店(以下、「正木商店」という。)は、別紙約束手形目録記載の約束手形(以下、「本件手形」という。)」一通を所持していた。

(二) 訴外株式会社ニイタ(以下、「訴外ニイタ」という。)は、本件約束手形を振り出した。

(三) 正木商店は本件手形を支払呈示期間内に支払場所に支払呈示をしたが、支払を拒絶された。

(四) 控訴人は、本件手形を第三裏書人フルヤ包装資材古谷洋志徳(以下、「訴外古谷」という。)から白地式裏書によって交付を受けたが、その被裏書人欄に補充をすることなく本件手形を正木商店に交付して譲渡していた。その譲渡は後記の再割引に基づくものである。そうして本件手形が支払拒絶となった後である昭和五五年六月二〇日ころ、控訴人は、正木商店に対して本件手形金額を支払ってこれを買い戻し、現に本件手形を所持しているが、その買戻しの際、正木商店は自己の第四裏書を抹消した。

2.(一) 被控訴人は、訴外ニイタの代表取締役である。

(二) 訴外昭和ティパック株式会社(以下、「訴外昭和」という。)は、経営状態悪化から資金繰りに窮し、訴外ニイタから多数の融通手形を振り出してもらい、その一部である本件手形に訴外株式会社三善及び同古谷のツケ裏書をしたうえ、その旨を秘して本件手形を控訴人に割引かせた。本件手形の実際の振出日は昭和五五年三月一三日であり、控訴人は同日本件手形を訴外昭和から手形割引により取得したのであり、その際、控訴人は割引料として金二一万三九〇八円を差引受領したので、実際の割引金は一三六万一二六二円である。なお、控訴人は本件手形を正木商店に再割引に出してこれを譲渡したが、その不渡後に買い戻したことは前記のとおりである。

(三) 訴外ニイタは、昭和五一年四月に資本金二〇〇万円で設立された海産物の製造販売を主たる目的とする会社で、昭和五四年六月ころの月商は平均約金一二〇〇万円であったが、同社の代表取締役であった被控訴人は、取締役であった訴外丹井田良治(以下、「訴外良治」という。)と共謀の上、訴外昭和が同年二月ころから経営状態が悪化したため融通手形の交換による資金援助を図り、訴外ニイタの右月商額からしてとうてい満期に決済できる見込みがないことを十分承知のうえで、同年一一月から翌五五年三月にかけて訴外昭和との間で本件手形を含む総額約三〇〇〇万円にのぼる融通手形を振り出し交換し合った。

その結果、右融通手形はいずれも満期に決済できず、訴外昭和は昭和五五年四月一四日ころ、訴外ニイタは同月二一日、いずれも銀行取引停止処分を受けて倒産し、両社ともに全く資産がなく、訴外ニイタの負債総額は六〇〇〇万円に達しており、本件手形の支払能力は皆無の状態である。

このため、控訴人は訴外ニイタ及び訴外昭和に対する本件手形金債権の行使が不能となり、控訴人は前記割引金と同額の損害を蒙った。

(四) 被控訴人及び訴外良治は、訴外ニイタの取締役として共同して融通手形である本件手形の振出及び交付に関与したもので、その振出の時点において満期に決済することができないことを知りながら敢てこれをしたのであり、仮に右事実を認識していなかったとしても、その点につき重大な過失があったのであるから、商法二六六条ノ三第一項前段の取締役がその職務を行うにつき悪意又は重大なる過失があった場合に該当する。

3. よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件手形の割引金相当の損害賠償金一三六万一二六二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一〇月二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べた。証拠<省略>

二、被控訴人は、公示送達の方法による適式な呼出を受けたが、原審及び当審における本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかった。

理由

一、控訴人は、要するに、本件手形は訴外ニイタが訴外昭和に金融を得させるための融通手形として振り出したものであるところ、訴外ニイタの当時の代表取締役であった被控訴人は、同社が満期に決済することができないことを十分認識しながら敢えて本件手形を振り出し、仮にそうでないとしても重大な過失によりこれを認識しないで振り出したものであるから、本件手形が不渡となって訴外ニイタ及び訴外昭和が共に倒産した結果、控訴人が本件手形金の支払を受けられないことにより被った損害を賠償する義務があると主張するのであるが、融通手形は、当事者間に別段の意思表示がない限り、融通者が被融通者に金融を得させるために手形を振り出し、被融通者が第三者により右手形の割引を受けて金融を得ることができた場合には、その支払期日までに資金を準備して融通者に提供し、被融通者の計算において手形を決済することを合意して授受されるものと解するのが相当である。したがって、株式会社の代表取締役が融通手形を振り出したことを理由として商法二六六条ノ三の規定に基づき第三者に対し損害賠償責任を負うためには、当該代表取締役において、融通者たる会社(振出人)がその資力に照らし支払期日にその手形を決済することができないことを認識し、又は重大な過失によりこれを認識しないで振り出したというだけでは足りず、それに加えて、被融通者が支払期日までにその決済資金を提供することができないことを認識し、又は重大な過失によりこれを認識しないで振り出したものであることを要するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、仮に控訴人主張のように本件手形が訴外昭和に対する融通手形として振り出されたものであるとしても、控訴人は、訴外ニイタによる本件手形振出の当時、被融通者である訴外昭和が本件手形の支払期日までにその決済資金を準備することができない状態であり、かつ、そのことを被控訴人が認識し、又は重大な過失によりこれを認識しなかったことについては、何らの主張、立証をしない。したがって、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却すべきである。

二、そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結論において相当であって、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 川上正俊 渡邊等)

<以下省略>

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